今回はチェット・ベイカーのランキングを作成しました。
この記事では、ジャズ・ボーカル曲に限定して選曲しました。
前半の6曲は1950年代から、その後は後半生から取り上げました。
前半の甘い歌声を聞いた上で、後半に彼がどのように変化したか、その軌跡を確認できるようにしました。
- 1 1位「Just Friends」(アルバム:Chet Baker Sings and Plays)
- 2 2位「My Funny Valentine」(アルバム:Chet Baker Sings)
- 3 3位「But Not For Me」(アルバム:Chet Baker Sings)
- 4 4位「Do It the Hard Way」(アルバム:It Could Happen To You)
- 5 5位「Let’s Get Lost」(アルバム:Chet Baker Sings and Plays)
- 6 6位「Embraceable You」(アルバム:Embraceable You)
- 7 7位「With a Song in My Heart」(アルバム:She Was Too Good To Me)
- 8 8位「You’d Be so Nice to Come Home To」(アルバム:As Time Goes By)
- 9 9位「All of You」(アルバム:Chet Baker Sings Again)
- 10 10位「Born To Be Blue」(アルバム:Baby Breeze)
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1位「Just Friends」(アルバム:Chet Baker Sings and Plays)

■曲名:Just Friends
■曲名邦題:ジャスト・フレンズ
■アルバム名:Chet Baker Sings and Plays(1955年)
■アルバム名邦題:チェット・ベイカー・シングス・アンド・プレイズ
■動画リンク:「Just Friends」
私が子供の頃には既に、ジャズ・ボーカルは年配の人が聞くイメージがありました。
しかしその一方で、今でも若い世代からよく聞かれているジャズ・シンガーも存在します。
以前私はい合の視点から、以下のような記事を書きました。
ただその記事は各アーティスト1曲単位の選曲です。
アーティスト単位で個別に記事を書く予定の人は、予め選曲対象から外しました。
その時に除外することを意識していたのが、ブロッサム・ディアリーとチェット・ベイカーの2人です。
この両者は、かつて「サバービア・スイート」の文脈においてカフェ・ミュージックとして再評価され、その後はチルアウト・ミュージックとしても親しまれています。
ともすれば、表面的な聞かれ方に思えるかもしれません。
しかし私は一面では表層的ではありつつ、それだけはないように感じます。
彼らの音楽には時代を超えたタイムレスな魅力があって、今もヴィンテージで洗練された魅力を放っています。
浅くBGMとして聞いてもじっくり聴いても機能する、おしゃれでありながら本質的には深みを有した音楽だと思います。
2位「My Funny Valentine」(アルバム:Chet Baker Sings)

■曲名:My Funny Valentine
■曲名邦題:マイ・ファニー・ヴァレンタイン
■アルバム名:Chet Baker Sings(1954年)
■アルバム名邦題:チェット・ベイカー・シングス
■動画リンク:「My Funny Valentine」
この人の代表曲です。
この曲は多くのジャズ・ミュージシャンに取り上げられてきたスタンダード・ナンバー。
原曲の歌詞は、以下のような内容です。
「確かにあなたはイケメンではないけど、私にとっては完璧なの。だから自分を変えようと思わないで」
しかしチェット・ベイカーがこの曲を歌うのは、いささか皮肉なことかもしれません。
というのも若い頃の彼は、伝説的な映画俳優ジェームズ・ディーンを引き合いに出されるほどの「超絶イケメン」だったからです。

実際、マリリン・モンローをはじめとするハリウッドの一流女優たちが、こぞって彼が出演するクラブの最前列に陣取っていたそうです。
ただ彼女たちが惹かれたのは、彼の美貌だけではなかったかもしれません。
当時のチェットには、どこか影のある退廃的な色気が漂っていました。
私が支えてあげなければ壊れてしまうと思わせるような、母性本能をくすぐる危うさがありました。
そんな彼の危うさとはかなさが反映された曲を、もう1曲ご紹介しましょう。
Chet Baker – I Fall in Love Too Easily
この曲の中で彼は「過去に傷ついたからもっと臆病であるべきなのに、また簡単に恋に落ちてしまう」と歌っています。
3位「But Not For Me」(アルバム:Chet Baker Sings)

■曲名:But Not For Me
■曲名邦題:バット・ノット・フォー・ミー
■アルバム名:Chet Baker Sings(1954年)
■アルバム名邦題:チェット・ベイカー・シングス
■動画リンク:「But Not For Me」
このアルバムは彼の最高傑作だと言われています。
ディスクガイドに掲載されているのはこのアルバムが多く、他には稀に「Chet Baker Sings and Plays」を見かける程度です。
彼の音楽を本格的に聞きたいのであれば、まずその2枚から入るのがおすすめです。
また彼はシンガーとしてだけでなく、トランペット奏者としても超一流でした。
彼を見出したのは、ジャズ史上最高の即興奏者であるチャーリー・パーカーです。
共演者のオーディションで「もう他の奴らの演奏は聞かなくていい。この男に決めた」と言っていたのだとか。
こうして最初はトランペット奏者として脚光を浴びたチェットですが、所属レーベル「パシフィック・ジャズ」の社長兼プロデューサーであるディック・ボックは、それだけではもったいないと感じていました。
そこで恵まれたルックスを活かすべく、歌わせてみようと思い立ちました。
そのオファーを受けたチェット自身はシンプルに「トランペットを吹くのと同じように歌うだけ」と考えていたようです。
どの曲を聞いても、彼のトランペットの音色と歌声が違和感なく共存しています。
4位「Do It the Hard Way」(アルバム:It Could Happen To You)

■曲名:Do It the Hard Way
■曲名邦題:ドゥ・イット・ザ・ハード・ウェイ
■アルバム名:It Could Happen To You(1958年)
■アルバム名邦題:イット・クッド・ハプン・トゥ・ユー
■動画リンク:「Do It the Hard Way」
本作は「Chet Baker Sings」と「Chet Baker Sings and Plays」に続く第三のアルバムです。
そもそも1950年代の彼は、それほど多くのボーカル・アルバムを残していません。
1950年代の彼はシンガーだけでなく、トランペッターとしても数々の名演を残しました。
中でも特に印象深いのが、ジェリー・マリガンと結成した「オリジナル・ジェリー・マリガン・クァルテット(Original Gerry Mulligan Quartet)」での演奏です。
1950年代のチェット・ベイカーは、その才能を武器にまばゆい日々を送っていました。
しかしその後彼はどん底へと転落していくことになります。
光が強ければ闇も深いのが道理。
この記事を通して、私は輝かしい前半生と苦難に満ちた後半生の両方を取り上げ、残酷に対比してご紹介しました。
ただ彼が後半生で残した音楽には前半生とは違った凄みがあり、音楽面では必ずしも悲しい結末ではなかったように思います。
5位「Let’s Get Lost」(アルバム:Chet Baker Sings and Plays)

■曲名:Let’s Get Lost
■曲名邦題:レッツ・ゲット・ロスト
■アルバム名:Chet Baker Sings and Plays(1955年)
■アルバム名邦題:チェット・ベイカー・シングス・アンド・プレイズ
■動画リンク:「Let’s Get Lost」
ここで彼の歌が持つ特徴について触れておきましょう。
彼の歌声は中性的でアンニュイ、声にビブラートをほとんどかけず、極めてシンプルに歌われています。
ただそれだけで純然たるジャズとして成立しています。
その甘さと色気はどこか退廃的で危険な雰囲気をまとっており、それらが彼特有のジャズ・フィーリングと渾然一体となって迫ってきます。
一聴すると「下手ウマ」のように聴こえるかもしれません。
しかし私は技術を前面に押し出していないだけ、という気もします。
チェットはテクニカルではないため表面的には模倣できても、異端であるがゆえにその系譜を引き継ぐのは容易なことではありません。
それをふまえて私がチェットの系譜を感じるのが、ボサノヴァの創始者であるジョアン・ジルベルトです。
実際、ジョアンはチェットのアルバム「Chet Baker Sings」に衝撃を受け、自身のスタイルを確立したと言われています。
確かにジャズとボサノヴァという、表面的なジャンルの違いはあります。
しかし私はこのエピソードを知った時、妙に納得したのを覚えています。
6位「Embraceable You」(アルバム:Embraceable You)

■曲名:Embraceable You
■曲名邦題:エンブレイサブル・ユー
■アルバム名:Embraceable You(1995年)
■アルバム名邦題:エンブレイサブル・ユー
■動画リンク:「Embraceable You」
1957年12月に録音されながらも、長らくお蔵入りになっていたアルバムの収録曲。
この歌を聞くと、私は改めて彼が「メロディの解釈」に優れていたと感じます。
私は時々「メロディの解釈」という言葉を使います。
たとえば、ビートルズの曲のカバーは、時代を問わず世界中に数多く存在します。
それらの曲について「元々のメロディが良いのだから、素直に歌えば名曲になって当然だ」と思われるかもしれません。
しかし実際のところ、必ずしもそうはなっていません。
たとえフェイクを入れずメロディ素直に歌った場合であっても、そこには確実に優劣が存在するように思います。
チェットベイカーはその点で極めて優れた解釈者でした。
彼が取り上げるのはスタンダード・ナンバーばかりですから、いわば全てがカバー曲のようなものです。
しかし彼は、原曲が持つ本来の魅力を引き出すことについては誰より長けていました。
彼がある曲を歌う時「このメロディは、こう歌う以外ない」とさえ思えるほどです。
7位「With a Song in My Heart」(アルバム:She Was Too Good To Me)

■曲名:With a Song in My Heart
■曲名邦題:わが心に歌えば
■アルバム名:She Was Too Good To Me(1974年)
■アルバム名邦題:枯葉
■動画リンク:「With a Song in My Heart」
彼の全盛期は、1位から6位で取り上げた1950年代です。
当時の彼はシンガーとトランペッター、どちらでも高く評価されていました。
アイドル的な人気もあったとはいえ、メトロノーム誌の人気投票でマイルス・デイビスやルイ・アームストロングを抑えて1位になったこともあります。
しかしその輝かしい1950年代の初頭から、既に転落への予兆は始まっていました。
次第に彼は「麻薬の帝王」と呼ばれるヘロインに耽溺していきました。
当時彼は多くの作品をリリースしていましたが、中毒の度合いが進行するにつれて、リリースのペースは急激に落ちていきました。
リヴァーサイド・レコードと契約して間もなく、彼は2度も逮捕されています。
その後の1960年代いくつかレコーディングを残した以外は、麻薬に起因するトラブルに振り回されて過ぎていきました。
その間は刑務所に収監されたり、麻薬がらみの暴力事件によって前歯のほとんどを叩き折られるという、トランペッターとしては致命的な事件もありました。
その暴力事件を受けて彼は引退を決意し、一時期はガソリンスタンドの店員として働いていそうです。
その後彼は1973年シーンに復帰して、このアルバムを吹き込みました。
この曲を聞くと昔の甘い歌はいまだ健在であることが確認できます。
8位「You’d Be so Nice to Come Home To」(アルバム:As Time Goes By)

■曲名:You’d Be so Nice to Come Home To
■曲名邦題:帰ってくれたらうれしいわ
■アルバム名:As Time Goes By(1986年)
■アルバム名邦題:アズ・タイム・ゴーズ・バイ
■動画リンク:「You’d Be so Nice to Come Home To」
今回ご紹介する曲の中でも最晩年の曲です。
この時期のチェットは、若き日の美貌は一変していました。
本作のリリース当時彼は56歳でしたが、その3年前の1983年頃には既に以下のような姿に変貌していました。

50代にして「80代の老人のようだ」と言われ、時には「歩く死体」とやゆされる始末です。
彼は生涯にわたって、重度のドラッグ依存という闇を抱え続けました。
その凄惨な晩年の様子は、ドキュメンタリー映画「レッツ・ゲット・ロスト」で描かれています。
そして1988年5月13日アムステルダムのホテルの窓から転落し、その自堕落で波乱に満ちた生涯を閉じました。
享年58歳。
検死ではヘロインとコカインが検出されており、いわゆる「スピードボール」と呼ばれる危険な摂取により、もうろうとして転落したと推測されます。
復帰後の彼は驚くほどのハイペースで活動を展開していましたが、その動機は「ドラッグの購入資金を稼ぐため」という刹那的なものでした。
彼の死は、ビル・エバンスと同じく「緩やかな自殺」といえるかもしれません。
ビル・エバンスについて興味がある方は、以下の記事をお読みください。
9位「All of You」(アルバム:Chet Baker Sings Again)

■曲名:All of You
■曲名邦題:オール・オブ・ユー
■アルバム名:Chet Baker Sings Again(1985年)
■アルバム名邦題:チェット・ベイカー・シングス・アゲイン
■動画リンク:「All of You」
こちらも晩年にレコーディングされた曲です。
今回ご紹介した中でも、最もボロボロな歌といえるかもしれません。
特に41秒から始まるスキャットは、聞いてはいけないものを聞いてしまったように感じます。
もともと彼は声量が豊かなタイプではなく、声質も細くはかなげな歌を歌う人でした。
しかしここで聞ける歌声は更に生気が失われていて、もはや自らの弱さを隠そうとする素振りすらありません。
ところがその弱さをむき出したスワン・ソングは、リスナーの感情とシンクロした時、不思議と包容力のある音楽として響いてきます。
彼の全盛期が1950年代であることに疑いはありません。
それはもはやジャズ界の定説といえますが、私の場合はどこか自分にそう言い聞かせているところがあります。
なぜか時々無残なはずの晩年の曲に、不思議なほど強く惹かれてしまう自分に気が付くことがあるのです。
単なる音楽体験を超えて「生きることの愛おしさ」を呼び起こしてくるような。
もしかしたら輝かしい1950年代の歌の数々は、晩年この境地に至る伏線のようだと感じたり。
もっと自分が年を重ねて建前から遠く離れ自分に正直になった時、晩年のチェットベイカーが一番だと言い出しかねません。
10位「Born To Be Blue」(アルバム:Baby Breeze)

■曲名:Born To Be Blue
■曲名邦題:ボーン・トゥ・ビー・ブルー
■アルバム名:Baby Breeze(1965年)
■アルバム名邦題:ベイビー・ブリーズ
■動画リンク:「Born To Be Blue」
音楽の世界において、ほとんどの場合技術は大正義です。
だからこそ多くのアーティストは、その技術を習得しようと練習に精を出しています。
しかし、ごく稀にその法則が当てはまらない特異な例外が存在します。
若き日のチェット・ベイカーは、そのセンスこそ超一流でしたが、技術面ではいつもおぼつかない成長の余地を残していました。
たとえば巨大なエゴを抱えたマイルス・デイビスは自分の弱点を克服し、何度もジャズの大変革を主導しました。
一方でチェットは天賦の才だけで一流の域に達した後、自分ができることの外側へは、生涯一歩も踏み出さなかったように思います。
後半生のチェットには、自己研鑽や革新性の形跡はありません。
弱点を克服するどころか、自堕落な生活により身も心もさらにボロボロになっていく始末です。
しかし皮肉なことに、だからこそ彼は破滅型ジャズマンを象徴するポップ・アイコンになり得たのかもしれません。
自堕落な人生と引き換えに彼が手にしたその歌声は、ある種の「業」としか言いようがない、耽美で退廃的な凄みを宿していました。
静かに胸を締め付けるそのエモさには、最晩年のビリー・ホリデイに通じるものがあります。
最後にもう1曲、前半生の甘美な曲をご紹介して、この記事を終えたいと思います。
Chet Baker – Deep in a Dream (of You)
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