今回はシュガー・マイノットのランキングを作成しました。
この記事ではのルーツ・レゲエとラヴァーズ・ロックを中心に選曲しました。
後半は彼の献身的な生き様についても触れています。
- 1 1位「Jasmine」(アルバム:Good Thing Going)
- 2 2位「So Much Trouble」(アルバム:Wicked Ago Feel It)
- 3 3位「It’s You I Love」(アルバム:Wicked Ago Feel It)
- 4 4位「Family Affair」(アルバム:Good Thing Going)
- 5 5位「Two Timer – Timer Dub」(アルバム:Buy Off The Bar)
- 6 6位「Live Loving」(アルバム:Live Loving)
- 7 7位「Only Jah Jah」(アルバム:With Lots of Extra)
- 8 8位「Hard Time Pressure」(アルバム:Black Roots)
- 9 9位「Man Hungry」(アルバム:Ghetto-Ology)
- 10 10位「The Girl Is in Love」(アルバム:Sufferer’s Choice)
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1位「Jasmine」(アルバム:Good Thing Going)

■曲名:Jasmine
■アルバム名:Good Thing Going(1981年)
■アルバム名邦題:グッド・シング・ゴーイング
■動画リンク:「Jasmine」
彼について予備知識をお持ちの方は、この曲が1位ということが意外に思われるかもしれません。
そういう方は、以下の曲が1位と予想したのではないでしょうか。
Sugar Minott – Good Thing Going
「Good Thing Going」は彼の中でも飛び抜けて有名な曲で、全英チャート4位を記録したヒット曲です。
私も好きな曲なのですが、他にも良い曲が多いため、今回は選外とさせていただきました。
このブログは、初めてそのアーティストを聞く人に気に入っていただけそうかを最優先にしています。
そんなのは私だけかもしれませんが、私はこの曲の方がその目的に向いているように思いました。
2位「So Much Trouble」(アルバム:Wicked Ago Feel It)

■曲名:So Much Trouble
■アルバム名:Wicked Ago Feel It(1984年)
■アルバム名邦題:ウィキッド・ア・ゴー・フィール・イット
■動画リンク:「So Much Trouble」
先程ご紹介した「Good Thing Going」は、ジャクソン5(The Jackson 5)「We’ve Got a Good Thing Going」のカバーです。
一方この「So Much Trouble」は、ボブ・マーリー(Bob Marley)の「So Much Trouble in the World」のカバー。
シュガー・マイノットは商業的に成功を収めたシンガーです。
しかし彼は商業主義に迎合することを良しとしませんでした。
「Good Thing Going」がヒットした後、彼の元に大手レコード会社からのオファーが寄せられたそうです。
大手レコード会社はプロモーション力があり、契約すれば金銭面で多大なメリットがあります。
しかし彼はそのオファーを断って、ニューヨークのブロンクスにあるレーベル「ワッキーズ(Wackie’s)」からこのアルバムをリリースしました。
ワッキーズは商業主義とは正反対で、どこか暗くヒリヒリした、しかしリアルなサウンドが特徴のレーベルでした。
明るく開放的なレゲエとは違った、レゲエのアンダーグラウンド的な「ヤバさ」を代表するレーベルです。
このアルバムでは、彼の資質とレーベル・カラーが合っていたかもしれません。
「世界にはトラブルが多すぎる」と訴えたボブ・マーリーのカバーという選曲も、この両者にふさわしいように感じます。
3位「It’s You I Love」(アルバム:Wicked Ago Feel It)

■曲名:It’s You I Love
■アルバム名:Wicked Ago Feel It(1984年)
■アルバム名邦題:ウィキッド・ア・ゴー・フィール・イット
■動画リンク:「It’s You I Love」
先程の「So Much Trouble」がこのアルバムの硬派路線を代表する曲だとしたら、こちらは甘くメロウな側面を代表する曲です。
とはいえリズムはディープで、ダブっぽい残響処理がされていますね。
甘さと相反するリズムの深みが、このアルバムの特徴です。
とかく彼は甘いラヴァーズ・シンガーと言われがちです。
アーティスト名からして「Sugar Minott」ですし。
しかしそうした甘さは硬派な部分と相互補完で、この曲のように甘い中に硬派の要素があったり、硬派な曲にも甘さが含まれています。
この記事で私はその観点から選曲をしました。
彼はダンスホール・レゲエでも大きな功績を挙げていますが、今回はルーツ・レゲエとラヴァーズ・ロックを中心に選曲しています。
4位「Family Affair」(アルバム:Good Thing Going)

■曲名:Family Affair
■アルバム名:Good Thing Going(1981年)
■アルバム名邦題:グッド・シング・ゴーイング
■動画リンク:「Family Affair」
彼の最高傑作は、その人の好みによって違うかもしれません。
ルーツ・レゲエが好きな方は「Black Roots」か「Ghetto-ology」。
ラヴァーズ路線が好きな方は「Good Thing Going」か「Wicked a Go Feel It」あたりが有力候補だと思われます。
私はどちらかというとラヴァーズ・ロック路線の作品を推しています。
ただ私の好みは少し変わったところがあって、ラヴァーズ路線のアルバムでも比較的シリアスな曲がツボです。
たとえばこの曲のように。
以前私はグレゴリー・アイザックスの記事を書いたことがあります。
グレゴリー・アイザックス(Gregory Isaacs)の名曲名盤10選
シュガー・マイノットとグレゴリー・アイザックスは、どちらも甘い歌唱が魅力です。
グレゴリーは甘い歌とゆったりしたリズムに乗った後ノリが魅力の人でした。
ある意味、自分の強みを活かす型を持った人かもしれません。
比較すると、シュガー・マイノットは少し違う魅力の持ち主でしたが、それについてはまた後で触れたいと思います。
この曲で彼は普段の甘さを抑え気味にして、その分とても刺さる歌を聞かせてくれています。
5位「Two Timer – Timer Dub」(アルバム:Buy Off The Bar)

■曲名:Two Timer – Timer Dub
■アルバム名:Buy Off The Bar(1988年)
■アルバム名邦題:バイ・オフ・ジ・バー
■動画リンク:「Two Timer – Timer Dub」
レゲエのアルバムには「海外向け」と「ジャマイカ国内向け」の違いがあります。
「Good Thing Going」が海外向けの代表だとしたら、このアルバムは国内向けの代表例といえるかもしれません。
それは曲調だけでなく、この曲で採用されている「ショーケース・スタイル」にもうかがえます。
「ショーケース・スタイル」とは、前半は歌もので後半はダブっぽいインストという二部構成のこと。
海外でヒットを狙う場合は、後半のインストは不要かもしれません。
また当時海外市場を狙う場合は、政治や社会問題に対するメッセージ色が強い方がマーケティング上で有利でした。
一方こちらの曲は、二股をかける人(つまり浮気性の人)について歌った曲です。
加えてこのアルバム名は「バー(にあるお酒)を買い占めろ」という意味。
先鋭的なレベル・ミュージック(反逆の音楽)の文脈で売り出されることが多かった当時、こういうイメージはあまりよろしくなかったのですね(笑)。
その分国内向けの着飾らない、よりディープでルーツ色の強い作品に仕上がりました。
6位「Live Loving」(アルバム:Live Loving)

■曲名:Live Loving
■アルバム名:Live Loving(1978年)
■アルバム名邦題:ライブ・ラヴィン
■動画リンク:「Live Loving」
デビューアルバムの曲です。
当初彼はサウンドシステムのセレクター、つまり移動式ダンスホールのDJをしていました。
その後はアフリカン・ブラザーズ(The African Brothers)というグループで活動しました。
その頃の曲をご紹介しましょう。
The African Brothers – Mysterious Nature
その頃から彼はスタジオ・ワン(Studio One)に出入りしていて、シンガーやギタリストなどとして活躍していました。
そんな中、彼はスタジオ・ワンの過去音源に注目しました。
自分用の新しい演奏で歌いたがるシンガーが多い中、彼は過去のトラックを再利用して、オリジナルとは違う自分の歌を組み合わせようとしました。
この既存のリズムを使い回す発想は後にダンスホール・レゲエで一般化し、そのため彼はダンスホールの元祖の1人だと言われています。
実際この曲のリズムも、ボブ・アンディ(Bob Andy)の「Going Home」を再利用しています。
ヴィンテージなリズムをリメイクするこの手法は、HIPHOPにも影響を与えました。
7位「Only Jah Jah」(アルバム:With Lots of Extra)

■曲名:Only Jah Jah
■アルバム名:With Lots of Extra(1983年)
■アルバム名邦題:ウィズ・ロッツ・オブ・エクストラ
■動画リンク:「Only Jah Jah」
レゲエは名シンガーの宝庫です。
しかし現代の日本とは歌の良し悪しの基準が違うかもしれません。
たとえば日本のシンガー、特にメジャーな音楽シーンでは、音程の正確性が求められがちです。
しかし特に1960年代と70年代のジャマイカは、その基準とはかなり異なります。
ジャマイカでは音程があやふやでも、それが必ずしも欠点にならず、むしろそれを魅力に転化しているシンガーが沢山いました。
しかしその中でシュガー・マイノットは比較的ピッチが安定していて、技術的にも歌の上手い人といえます。
それでいて味わいもあって、その意味で彼は技術と味わいのバランスが良いシンガーでした。
あと私は彼の歌の特徴について、スタイルの多様性にあると思います。
彼は甘さが注目されがちですが、ルーツ・レゲエらしい硬派な歌や、ダンスホールではリズムとの柔軟な絡みも魅力でした。
8位「Hard Time Pressure」(アルバム:Black Roots)

■曲名:Hard Time Pressure
■アルバム名:Black Roots(1979年)
■アルバム名邦題:ブラック・ルーツ
■動画リンク:「Hard Time Pressure」
ルーツ・レゲエ時代を代表する曲です。
この曲がイギリスでヒットした後、彼は活動の場をイギリスに移しました。
渡英後の彼はアイランド・レコード(Island Records)傘下のレーベル(Mango)にライセンスされ、ヨーロッパ中に人気が波及する足がかりにしました。
その結果「Good Thing Going」の大ヒットに繋がっています。
ボブ・マーリーを世界的なスターにしたアイランド・レコードや、ジャマイカの古い音楽を世界に紹介したトロジャン・レコード(Trojan Records)など、当時のイギリスはスカやレゲエの一大発信源でした。
ジャマイカの音楽はロックとの親和性が強調されたり、粋な音楽という付加価値を付与されて、イギリス発のユース・カルチャーとして世界中に広まりました。
そうした中シュガー・マイノットは、イギリスの国民的音楽番組「トップ・オブ・ザ・ポップス」に出演するなど、着実に知名度と存在感を高めました。
先程書いたように、彼は商業主義に迎合するタイプの人ではありません。
しかしこの頃の彼は、若いアーティストを育成したり支援するための資金をつくる必要に迫られていました。
9位「Man Hungry」(アルバム:Ghetto-Ology)

■曲名:Man Hungry
■アルバム名:Ghetto-Ology(1979年)
■アルバム名邦題:ゲットオロジー
■動画リンク:「Man Hungry」
彼は常に貧しき者、虐げられている者に目を向ける人でした。
歌の中で訴える人が多い中、彼は自分の姿勢を行動で示す人でした。
彼は自分と同じゲットー出身の若者を助けるために、育成組織「ユース・プロモーション(Youth Promotion)」を設立したり、自身のレーベル「ブラック・ルーツ」を設立しています。
ユース・プロモーションは若手の育成組織なので利益はほぼなく、法律的には慈善団体だったようです。
彼はその組織に私財を投げ打ちましたがそれでも足りず、深刻な資金難が続いていたとのこと。
彼は育てた中に売れた若者がいてもピンハネせず、逆に正当な対価を得られるよう、搾取のないクリーンな運営体制を採用していました。
その中からジュニア・リード(Junior Reid)やテナー・ソウ(Tenor Saw)、ヤミ・ボロ(Yami Bolo)などのスターを生みました。
もしビジネス目的でユース・プロモーションを運営していたら、彼は大金持ちになったことでしょう。
しかし彼には、貧しいゲットーの惨状を再生産しないという信念があったようです。
このアルバム「Ghetto-Ology」は「貧民街学」という意味ですが、彼はそのアルバム名を付けるのにふさわしい人でした。
10位「The Girl Is in Love」(アルバム:Sufferer’s Choice)

■曲名:The Girl Is in Love
■アルバム名:Sufferer’s Choice(1988年)
■アルバム名邦題:サファラーズ・チョイス
■動画リンク:「The Girl Is in Love」
この人の全体像をつかむのはなかなか大変です。
音楽的にはルーツ、ラヴァーズ、ダンスホールという3つのスタイルを横断し、伝統を大切にしつつも、時にはジャマイカ音楽の革新者でした。
彼はレーベルや育成組織を設立して若き才能を発掘した、慈善活動家や教育者としての側面もあります。
また世界中の様々な場所に足を運んだり、様々なレーベルから多くの作品を生みました。
彼は人気ミュージシャンでしたが、売れたという業績だけでは測りきれない人です。
この人は卓越したシンガーですが、それも彼の偉大さのほんの一面にすぎません。
子供の頃の彼は人前で歌う時、緊張して尻込みするシャイな少年だったそうです。
しかし成長すると彼は、誰もが一目置く大きな存在になりました。
彼は自分が育てた若者が売れると、自分のこと以上に喜んだそうです。
ボブ・マーリーが世界にレゲエを広めたカリスマ性を持った外務大臣だとしたら、シュガー・マイノットは国内の音楽シーンを底上げした献身的な内務大臣といえるかもしれません。
彼の歌は甘いですが、甘いだけではありません。
彼の音楽に含まれる心地よい甘さは、気骨と信念、そして一本芯が通った生き様に裏打ちされていました。
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