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オノ・ヨーコ(Ono Yoko)の名曲名盤10選【代表曲・隠れた名曲】

今回はオノ・ヨーコのランキングを作成しました。

彼女については、純粋に音楽だけで評価されていない感じがします。

今でも多くの人が彼女を、ジョン・レノンの元妻としか見ていないような。

そこでこの記事では、改めて彼女の音楽に焦点を当ててみました。

 

1位「Wouldnit」(アルバム:Rising)

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■曲名:Wouldnit
■曲名邦題:ウドニット
■アルバム名:Rising(1995年)
■アルバム名邦題:ライジング
■動画リンク:「Wouldnit」

彼女の全盛期は2000年以降です。

それはヒットチャートを見ると一目瞭然です。

それ以前の彼女はヒットとは無縁の存在でしたし、現在でも一般的な意味でのヒット曲や有名曲はありません。

しかし2000年以降、彼女は意外なシーンで高く評価されました。

それはアメリカのダンス・クラブチャート。

彼女は2000年以降そのチャートで、13曲の1位を獲得しました。

ダンス・クラブチャートは野心的な若手クリエイターがひしめく、時代の最先端をいく激戦区です。

彼女は68歳から81歳にかけて、そのチャートで次々に1位を獲得しました。

その期間は新曲のみならず過去の曲も再評価され、この記事でもその内数曲をご紹介しています。

この曲も再評価された中の1曲で、2010年リミックス・バージョンがダンス・クラブチャートで1位を記録しました。

 

2位「Wouldnit “swing”」(アルバム:Blueprint for a Sunrise)

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■曲名:Wouldnit “swing”
■曲名邦題:ウドゥニット“スウィング”
■アルバム名:Blueprint for a Sunrise(2001年)
■アルバム名邦題:ブループリント・フォー・ア・サンライズ
■動画リンク:「Wouldnit “swing”」

1位の「Wouldnit」の別バージョンです。

しかし甲乙つけがたく違う魅力がありますので、2曲ともご紹介することにしました。

さて彼女は長年、様々な偏見にさらされてきました。

ポール・マッカートニー(Paul McCartney)が否定しているにもかかわらず、今だに彼女がビートルズ(The Beatles)解散の原因だと信じて疑わない人がいます。

彼女はそうした人たちから魔女と呼ばれては、忌み嫌われてきました。

このアルバムは、2001年にリリースされています。

当時の主流となっていたのは、そうした偏見から自由な若い層でした。

彼女は新しいリスナーから評価され始め、それを受けて2007年トリビュート・アルバムがリリースされました。

参加しているのは、ピーチズ(Peaches)とか、ル・ティグラ(Le Tigre)、キャット・パワー(Cat Power)など同じ遺伝子を共有するアーティストばかり。

ちなみにそのトリビュート・アルバムの名前は「Yes, I’m a Witch Too」つまり「そう、私も魔女よ」です(笑)。

 

3位「The Sun Is Down!(Cornelius Mix)」(アルバム:Between My Head and the Sky)

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■曲名:The Sun Is Down! (Cornelius Mix)
■曲名邦題:ザ・サン・イズ・ダウン!(コーネリアス・ミックス)
■アルバム名:Between My Head and the Sky(2009年)
■アルバム名邦題:ビトウィーン・マイ・ヘッド・アンド・ザ・スカイ
■動画リンク:「The Sun Is Down! (Cornelius Mix)」

この曲はコーネリアス(Cornelius)がリミックスを担当しています。

当時の彼女は、小山田圭吾とも交流があったようですね。

彼女は東京生まれの日本人です。

以前から私は彼女が良い家柄の出身ということを知っていましたが、この機会に改めて調べてみました。

少し長いですが、ウィキペディアから引用します。

父親は、日本興業銀行総裁を務めた小野英二郎の子であり、ピアニストから銀行員に転じ、ヨーコが生まれたときは横浜正金銀行のサンフランシスコ支店に勤務していた。

母親は、「安田財閥の祖」である安田善次郎の孫である[2]。安田善次郎は1921年に82歳で暗殺されている。

母方の曽祖父は元宇和島藩士で実業家の伊臣忠一である。

義理の伯父には、医学者の小野康平や外交評論家の加瀬俊一、歌舞伎役者の片岡仁左衛門、伯母には白系ロシア人ヴァイオリニストの小野アンナ、従弟には地理学者の小野有五、画家の石井茂雄がいる。

オノ・ヨーコ ウィキペディア

まさに華麗なる一族ですね。

噂の域は出ませんが、一時期彼女は今上天皇のお妃候補に挙がっていたと言われています。

確かに家柄的にはふさわしいかもしれません。

 

4位「Shine, Shine」(アルバム:Take Me to the Land of Hell)

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■曲名:Shine, Shine
■曲名邦題:シャイン・シャイン
■アルバム名:Take Me to the Land of Hell(2013年)
■アルバム名邦題:テイク・ミー・トゥ・ザ・ランド・オブ・ヘル
■動画リンク:「Shine, Shine」

再度彼女の年齢について書きます。

彼女は1933年2月18日生まれですから、菅原洋一と同じ年に生まれています。

女性の年齢について書くのは気がひけますが、彼女がいかにヒップな存在かをお伝えしたいと思い、この記事ではあえて言及してみました。

このアルバムがリリースされた2013年、彼女は既に80歳になっていました。

しかしこの曲の先進性は実年齢をはるかに超越していて、精神は年を取らないという言葉を体現しています。

もしかしたらデビュー時から彼女は、こういう感覚を持っていたのかもしれません。

しかしテクノロジーの発展が、彼女のやりたい音楽を可能にしたのかもしれません。

2000年頃、時代が彼女に追いついたような気もします。

当時の彼女よりはるかに若い私ですら、彼女のセンスに付いていくのがやっとの有様です(苦笑)。

 

5位「Move on Fast」(アルバム:Approximately Infinite Universe)

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■曲名:Move on Fast
■曲名邦題:ムーヴ・オン・ファースト(移動だ)
■アルバム名:Approximately Infinite Universe(1973年)
■アルバム名邦題:無限の大宇宙
■動画リンク:「Move on Fast」

彼女の最高傑作に推したいアルバムの曲です。

「正直彼女の曲は苦手」と言う人は少なくありません。

そういう方の多くは「ダブル・ファンタジー(Double Fantasy)」や「ミルク・アンド・ハニー(Milk and Honey)」で、彼女の曲に苦手意識を持ったと思われます。

かくいう私も、その2枚を聞く時には彼女の曲を飛ばしています。

そのため彼女を嫌う人について、とやかく言う資格はありません。

ただ私はその後このアルバムを聞いて、自分の認識が変わりました。

このアルバムを聞いていなかったら、私もこんな記事を書くことはなかったでしょう。

彼女の曲が苦手な方は、試しにこの曲を聞いてみてください。

彼女の歌が以前とは違って聞こえるかもしれません。

 

6位「Sisters, O Sisters」(アルバム:Some Time in New York City)

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■曲名:Sisters, O Sisters
■曲名邦題:シスターズ・オー・シスターズ
■アルバム名:Some Time in New York City(1972年)
■アルバム名邦題:サムタイム・イン・ニューヨーク・シティ(ニューヨークのジョンとヨーコ)
■動画リンク:「Sisters, O Sisters」

私はこれまで彼女について誰かと話す時、いつも擁護する側に回ってきました。

私が彼女を弁護する時、いつも引き合いに出してきたのがこの曲。

ただ誰かにこの曲のことを言っても、そんな曲あったっけという反応ばかりが返ってきます。

ジョンのアルバムでも特に聞かれていない作品なので、仕方ないかもしれません。

しかしポップで聞きやすい、オールディーズ風のこんな曲も入っているのですね。

ちなみにこのアルバムには、ジョンとヨーコのデュエット曲もあります。

そちらもなかなか良い曲なので、リンクを貼っておきましょう。

Yoko Ono – The Luck of the Irish

たまに聞くと新たな発見があるアルバムです。

 

7位「Will You Touch Me」(アルバム:Fly)

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■曲名:Will You Touch Me
■曲名邦題:ウィル・ユー・タッチ・ミー
■アルバム名:Fly(1971年)
■アルバム名邦題:フライ
■動画リンク:「Will You Touch Me」

彼女のソロ名義のファースト・アルバム「ヨーコの心/プラスティック・オノ・バンド(Yoko Ono Plastic Ono Band)」は、当時センセーショナルに喧伝されました。

しかし当時はあまりにも前衛的すぎて、理解できない人が多かったようです。

一方このセカンド・アルバムでは、過激さが少し抑え気味になりました。

初期の彼女の特徴は、歌の生々しさです。

後年に至るまで彼女の声は、常に生理的感覚に訴えかけてきました。

そうした生々しさについて、居心地悪い思いをする人は少なくないかもしれません。

実は私もその1人。

ジョンの「Double Fantasy」で「キス・キス・キス(Kiss Kiss Kiss)」という曲で、「抱いて」というセリフがあります。

初めて聞いた時子供だった私はとまどいましたし、今でも苦手意識を克服できていません。

しかしその後彼女の音楽に対して、徐々に許容度合いが広がりました。

この曲もやはり少し生々しいですが、それがマイナス面だけでなく、プラスにも働いているように思います。

 

8位「Walking on Thin Ice」(アルバム:Season Of Glass)

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■曲名:Walking on Thin Ice
■曲名邦題:ウォーキング・オン・シン・アイス
■アルバム名:Season Of Glass(1981年)
■アルバム名邦題:シーズン・オブ・グラス
■動画リンク:「Walking on Thin Ice」

初期の彼女は、ニコ(Nico)のようにアングラなところがありました。

しかし本来彼女の資質は、それほど暗くはありません。

サウンド面では、前作「空間の感触(Feeling the Space)」がターニング・ポイントになったように思います。

そのアルバムから、ボブ・ディラン(Bob Dylan)を思わせる曲をご紹介します。

Yoko Ono – Warrior Woman

この曲もそうですが、彼女の曲には妙に明るいサックスが入っていることがあります。

その違和感は、プライムタイムでのオーネット・コールマン(Ornette Coleman)のサックスの明るさと少し似ているかもしれません。

オーネットとオノ・ヨーコは共に前衛的であっても、基本的なベクトルは開放的です。

その後彼女は「Season Of Glass」あたりから、アヴァン・ポップな曲が散見されるようになりました。

当時の彼女はスリッツ(The Slits)あたりとそう遠くない感じがします。

 

9位「Waiting for the Sunrise」(アルバム:Approximately Infinite Universe)

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■曲名:Waiting for the Sunrise
■曲名邦題:日の出を待って
■アルバム名:Approximately Infinite Universe(1973年)
■アルバム名邦題:無限の大宇宙
■動画リンク:「Waiting for the Sunrise」

当初の彼女は音楽家というよりも、前衛芸術家でした。

彼女はジョン・ケージ(John Cage)の授業に通う一方で、コンセプチュアル・アートや実験映像作家として活動していました。

そんなある日、彼女はジョン・レノン(John Lennon)と出会いました。

その時のエピソードを引用しましょう。

部屋の中央に白い脚立が置かれており、観客はそれを昇り天井からぶら下がった虫眼鏡を使って、天井に貼られたキャンバスの小さな文字を見るという作品だった[6]。

レノンは当時を回想し「もし”No”とか『インチキ』みたいな意地の悪い言葉が書かれていたら、すぐに画廊を出て行ったよ。

でも”YES”だったから僕は『これはいけるぞ、心温まる気持ちにさせてくれる初めての美術展だ』と思ったんだ」と後に語っている[7][注釈 1]。

オノ・ヨーコ ウィキペディア

意気投合した2人は、2年4ヶ月の交際期間を経て結婚しました。

ジョンがなぜそこまで画廊で感銘を受けたのか、私にはよく分かりません。

ただ運命的な出会いであったことは疑いようがありません。

 

10位「Song for John」(アルバム:Unfinished Music No. 2: Life With The Lions)

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■曲名:Song for John
■曲名邦題:ソング・フォー・ジョン
■アルバム名:Unfinished Music No. 2: Life With The Lions(1969年)
■アルバム名邦題:未完成作品第2番 ライフ・ウィズ・ザ・ライオンズ
■動画リンク:「Song for John」

セカンド・アルバムの曲です。

1968年彼女は、ジョンと共同名義で「「未完成」作品第一番 トゥー・ヴァージンズ(Unfinished Music No.1: Two Virgins)」を発表しました。

アルバム・ジャケットの2人の全裸写真が大きな話題を呼びました。

その後このアルバムと「ウェディング・アルバム(Wedding Album)」の2枚がリリースされています。

当時ヨーコの声には、独特の霊気が宿っていました。

ファースト・アルバムにも「Remember Love(リメンバー・ラヴ)」という同傾向の曲があります。

この曲は「ジョンの魂(John Lennon/Plastic Ono Band)」の作風に通底しているかもしれません。

思っていた以上に、ジョンは彼女から音楽面でも影響を受けていたように思います。

さて今回の記事は、特にジョンのファンを想定して書きました。

なぜならジョンのファンの中には、彼女の音楽が苦手な人が少なくないと思ったからです。

彼女の音楽や存在がうまく消化されないまま、のどに刺さった小骨のようになってはいないかと。

そういう方が彼女の存在をどう捉えたらいいか、この記事がその判断材料になれば幸いです。

しかしそれにしても2人の組み合わせは不思議です。

世界一のロック・バンドのメンバーと無名の前衛芸術家という、非対称で不自然な組み合わせ。

しかし今となっては、これ以外の組み合わせは考えにくいように思います。

彼女は前衛芸術家であるがゆえに、時に常軌を逸したジョンのラディカルさを無限に許容できました。

彼女の自由な精神が、気難しいジョン・レノンを解放し、安らぎを与えたのかもしれません。

ジョンに捧げられたこの曲にも、そうした前衛芸術家ならではの母性を感じます。

 

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